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スタッフブログ

Staff Blog

自ら考えて行動し、成長し続けることを目指すエンジョブ社員のブログです。
大切なのは日々のちょっとした気づきや学びの積み重ね。
「仲間と、そしてブログを見てくださっている方々と共に成長したい!」そんな思いを込めて社員一人ひとり書いています。

会社からのプレゼント part.2

石田由香

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お盆明けから7日間のシンガポール旅行に家族で行って参りました!

朝の出発と言うことで、前日に関空に入り直結のホテルで一泊。
JR往復がついた宿泊プランだったので、4人1室のスタンダード客室利用の予定だったのですが、ホテルの都合でビジネスクラスの客室を使って下さいとのこと。
広いし、豪華だし、冷蔵庫の飲み物は飲み放題。
なんと、広いバスルームのアメニティも充実していましたが、ドライヤーまでdysonという...。
しょっぱなからいいことがありました。

しかし、坐骨神経をやられて「足が痛い」と治療にかかっている父。
その父が、関空にたどり着いただけでくたばってしまい、ホテルからJRを抜けて関空を散策したり食事に出ることもままならず。
明日から空港のチェックインをし、出国手続きをし、ターミナルまで行くことができるのか?
めちゃくちゃ心配になってしまいました。

いざ出国の日。
どこかからか折り畳みの杖を出してきて、ヨロヨロと空港に向かいだす父。
父の分のスーツケースを家族で協力して運びました。

チェックインの際に、「足が悪いいので最前席の広いところにして欲しい。
と伝えると「車椅子を用意しましょうか?」との声をかけてもらいました。
そんな大袈裟な。プライドが高い父は絶対に「いらない」と言うに決まっている。
と思いながらも本人に確認をすると、「使いたい」とのこと。
足の状態がそこまで悪いのだということが伝わってきました。

しかし、車椅子で行くことにもいい点があって、関空もそうだったのですが、シンガポールのチャンギ空港に着くと飛行機を出たところで車椅子が待機されていて、現地の職員のおじさんがホイホイと父を運んでくれます。
そして、入国手続きを待つ長蛇の列をホイホイと「はい、ごめんよ~」とばかりにスルーして、優先チェックインをしてくれました。
シンガポールは弱者に優しい国のようです。

迎えのガイドさんの案内でホテルに向かう道中、珍しく父が自己主張し(普段は超がつく無口です)
「30年ほど前にここに住んでたから、ゆっくり行って欲しい」と大きな声でお願いをし、ガイドさんに現在地の地名を確認したり、今のシンガポールの現地事情などを質問攻めにしていました。

到着したホテルは、マリーナ地区のラグジュアリークラスの超豪華ホテル。
客室も高層階で見晴らしがよく、めちゃくちゃ広い!
10人がけのソファに巨大テレビがついていたり、広いバスルームがついていたりなど。
子供はテンションMAXではしゃぐし、両親は「ありがたいね~」を連発していました。

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現地では、息子向けの行先である動物園や、リバーサファリに水族館などに行きました。
動物園では、シンガポール版はぐちゃんと出会えました。

一番ウケていたのは、カバナと言う休憩所を一棟レンタルして過ごしたプール施設。
やたら長い流れるプールや、エイやサメと泳げるプールなど、なかなかすごい施設でした。
一番喜んだのは息子でしたが、父も一緒になって泳いでいました。
そして、まさかの泳げない母までが泳ぐという事態に!!
カナヅチの母は、私が子供の時には、プールや海に行っても水着になったことがありません。
その母が、派手な水着を着ていました。
この旅行ために買ってきたそうです。
そして、浮き輪に入って終始足がつく流れるプールに神妙な顔をして入っていました。
余程気に入ったらしく、そのあとでも息子や父を誘って何回か入っていました。一家の一大事件です。

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そして、今回の両親の楽しみは当時住んでいた家を見に行くこと。
私も付き合いましたが、子供の頃に学校の送迎バスを待った家の前や、近所の中国人の人に英語を習いに通った家の前の道などを見て色んなことを思い出しました。
子供だった私でさえそうだったので、当時の両親はもっと思い出すこともあったと思います。

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今の斉藤さんお博士や多田さんくらいの年齢で、2歳と6歳の私と妹を連れていきなりのシンガポール勤務。頼る親も、話せる友達も周りにいないどころか、右も左も常識も知らない国で、言葉も通じません。
着いて一ヶ月した頃に、私を学校に送り出した後で母は日本に帰りたいと泣いたと言う話を聞きました。
その時の私からみたら母は大人で、悩みも苦労もないように見えましたが、自分よりずっと年下の斉藤さん達がうちの子より小さい子を言葉が通じない国に行くことを想像したら、そら泣く日もあっただろうな。と今なら理解できます。
父もその若さで、外国人ばかりの職場でリーダーシップを取らないといけない状況だったと思います。
この年の自分が、外国に行って現地の人に指導してこい。と言われても「無理です」と辞退します。
本当に、自分の両親のすごさを実感できた旅行でした。

余談ですが、シンガポール初日。
ホテルから出て食事に出た際にタクシーに乗りました。
乗るなり、父がペラペラとタクシーの運転手さんに指示を出し、何やら英語で雑談を交わし始めて冗談を飛ばし合ってました。
その姿を見て、家族一同あんぐりとしてしまいました。
普段、家で家事も手伝わず、気の向くまま出かけて遊んで帰ってき、家事が至らないと偉そうに怒る威張った父。
家にいても、何をするわけでもなくゴロゴロするだけ。
どう考えても、頼りなさそうな父が英語をペラペラと話しているとは。
息子が「ええっ!?」と言う顔をしていました。
影で私と母も「お父さんてここまで英語話せたっけ!?」とちょっと見直した出来事がありました。
「念のため」と思って用意したポケトークは、道中一度も出番がありませんでした。

帰りの空港の移動も、当然車椅子でした。
おかげで優先しての移動でした。
しかし、絶えず車椅子に乗ったり杖をついて歩く父を見て、母は「お父さんにとって人生で最後の海外旅行だったかもしれないね」と言ってました。
定年前は、ニュージーランドに行ってみたい。台湾にも行ってみたい。と、定年後に旅行をすることを楽しみに話していた両親です。
できれば父も足を回復させ、ずっと元気でいて色んな所に旅行に行って欲しいです。

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帰って荷物もとかないうちに、母は兄弟に電話をかけ旅行に行ったことを報告していました。
娘の会社が出してくれたんだ。と自慢げに話していました。
今までも、温泉旅館に泊まらせてもらったとか、何回か家族で夕食をごちそうしてもらった。
などと、10年以上も前のことを全部覚えていて、会社が支給してくれたことを全部電話で話していました。
意外と覚えてくれてたんだ。
と思いました。

息子はと言うと、学校からの宿題の作文や日記には全部シンガポールのことを書いていました。
習い事の先生にお土産を渡す時も、とても嬉しそうで現地の思い出をずっと話していました。

動物園に行った際に、シンガポール版はぐと遊んだことも思い出の一つになりました。

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家族にとって、一生の思い出になったのは間違いないです。

長い休暇と、100万円の家族旅行費用を支給して頂いた会社とみんなに感謝です。
家族でこうやって海外旅行に行けるよう、業績を上げ続けていきたいです。
ありがとうございました。

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