会社からのプレゼント
石田由香
会社からプレゼントを去年の夏に頂きました。
賞与としての家族旅行のプレゼント。
何年も前から、社長から
「社員が家族と旅行に行けるようにプレゼントしたい。」
そう言ってくれてはいましたが、まさか現実にそうなるとは夢にも思っていませんでした。
金額も、家族で行く分の海外旅行の費用だからかなりなものです。
その旅行にも「ルール」がありまして...。
その賞与支給後の社内旅行の一環の研修の一つとして、「高校生を前に三分間スピーチをし、上位順に出発すること」と言うオリジナリティ溢れるルールでした。
正直こう思いました。
「何年たっても行けないだろう」
なぜなら、家族の予定を合わせる以上は、気軽に海外旅行に行けるものでもないから後になればなるほど順番がなかなか来ないはず。
そして私はスピーチが大の苦手だからです。
毎年春に社内で三分間のスピーチコンテストがありますが、ここ何年かは後から入ってきたメンバーが凄すぎて、自分の順位と言ったら半分より下が定位置だからです。
社員旅行で一緒に参加する息子の前で、何とも居心地の悪さを感じながら行ったスピーチ。
とても成績がいいわけがない。
そう思っていたけども、なぜか蓋を開けてみれば自分が一位でした。
仕切っていた社長が何か細工をしたのではないかと真剣に疑ってしまったほどです。
しかし、手心は一切加えられていなく、正真正銘の一位でした。
最近の高校生の価値観と言うか、判断基準はよくわからんです。
何がウケるかわかりません。
そして、家族で海外旅行と言われてもルールがこれまたありまして...。
両親が参加すること。
4人で参加すること。
です。
今回うちで選ばれたのは両親と息子。
私がトップバッターであると決定したのは、90歳を超えた祖母が要介護の状態だったので、ショートステイに預けないと行けない状態でした。
そうこう言ってるうちに、どんどん容態が悪くなり、海外旅行に行っている間に何かあればと思うと、とても計画などできなくなり、とうとう年末に他界してしまいました。
当然そうなると法要が続き、うちの中がバタつき海外旅行どころではなくなりました。
息子は小学校に通学しているので、行くとしたら長期の休みでないと行けません。
やっと行ける目途が立ったのは学年末ごろ...。
今年のG.Wはなんと10連休。
しかし、ちょっと急すぎるので夏休みを狙うことに決定。
行先はシンガポール。
理由は、子供の頃に父の転勤で家族で4年間住んでいたからです。
とても馴染みある国で、私が社会人になってから両親は自分達で一回、私と妹とで一回。計二回行っているのでこれが三回目。
私はと言えば、両親や妹と一回。
友人と一回。
会社のみんなで一回。
計三回行っているので、これが四回目となります。
両親は、定年になったら二人であちこち海外旅行に行きたいと、何度も現役だった頃に話していました。
しかしいざ定年を迎えてみれば、私が妊娠し急遽入院し世話をしてくれることに。
そして、息子が1歳の頃から復職したので両親はその間の子守をしてくれることに。
もうそろそろ、息子も大きくなり手が離れるかな?と思ったら祖母が要介護に。
そして、祖母が他界し、やっと自由が利くようになったら今度は父本人が歩行困難になってます。
年齢も70歳を超え、段々と後期高齢者に近づいてきています。
本人達も、「これが人生最後の海外旅行になるだろう」と言ってます。
もちろんまだまだ元気でいて欲しいし、これから何回だって海外旅行には行って欲しい。
しかし、見ていて足を引きずるように歩く姿を見ていると、心のどこかで「本当に最後になるかもしれない」と思ってしまいます。
先述で述べたように、自分が仕事を安心してできるのは両親が息子の面倒を見てくれているから。
子供だからよく熱を出したりおなかを壊して幼稚園や学校を休むけど、それでも急に仕事を休むことなく勤務できるのは、両親が病院に連れて行ってくれ、看病してくれているから。
よそのママより遅い時間まで勤務ができているのは、母が食事の準備など家事を負担してくれているから。
両親がいてくれなかったら、とても息子を抱えて正社員はつとまりません。
だから、その両親を連れて海外旅行に行けるのはとても嬉しいです。
うちの両親は、あまり感情を表に出しません。
特に父は、古い時代の男なので、嬉しくても悲しくても家族にそれを見せません。
子供の頃、私がはしゃぎ過ぎたら「静かにしろ!」と怒るほど「堅い」父です。
そんな両親が最近、海外旅行に行くことが決まってから何だか嬉しそうです。
母は、言わなくていいのにあちこちで「娘の会社が海外旅行をプレゼントしてくれた」と自慢げに言い回っています。
親戚や近所のオバチャン連中から「あんたんとこの会社、なんてエエ会社やの!」などと言われます。
先日は近くのショッピングセンターで、スーツケースが安売りしていたと父と出向き、大きいスーツケースをゴロゴロと引きずって帰ってきました。
どこに行きたいか考えておいてと母に言いましたが、「お母さんはどこも行きたいところはないから、どこでもついていくよ~」と言っていました。
花や草木が大好きで、道端の草花を採ってきては飾ったり、野菜や花を育てたり、山や植物園によく出かけています。
そんな母は、しなっと図書館で「世界一の植物園」と言う写真入れのガイドブックを借りてきて読みふけっていました。
よく見たら、それはシンガポールの「ガーデンバイザウェイ」と言う新しめの観光スポットの植物園を徹底解説した本でした。
口には出しませんが、行きたいところはなんだかんだありそうです。
父はと言うと、あからさまに様子は見せていません。
が、旅行が決まってから、重い腰を上げて毎日一時間ほど歩くようになりました。
足が悪い父の治療法として有効なのがウォーキング。
旅行が治療の励みになっているようです。
申し込もうと思うパンフレットとプランを見せて説明しようとしても、関心を向けません。
しかし、夜に用事でリビングに行ってみたら、パンフレットをガン見している父がいました(笑)
そして、翌日にはプランの内容について質問攻めにあいました。
本当に、素直じゃない父は笑えてきます。
そして、父が私がシンガポールの「るるぶ」を買って置いてあるのに、連休中に別の本を買ってきたそうです。
言っておきますが、うちの父は徹底したドケチです。
良く言えば節約家ですが、人が見ているテレビでも「無駄」だと思えば平気で消すと言うすごい神経をしています。
ケチと言う部類の中でも、筋金入りです。
父が母と買い物に行けば、母の買い物カゴの中の「自分基準の無駄なもの」は無断で売り場に戻す、根性の入ったドケチです。
本と言うものは図書館で借りるもの。と思い込んでいる父。
ぶっちゃけ、子供の頃に父とでかけてどんだけねだっても、一度たりとも本を買ってもらった記憶がありません。
私の中で本は母に買ってもらうものとして位置づけられてるし、孫の私の息子も同様です。
その父が本を買うとは相当なことです。買ったと聞いた時は正直、自分の耳を疑ったし、何度も聞き返してしまいました。
「ガイドブックは私が買って置いてあるやん」とツッコミを入れたところ、母が言うには「あの国も随分変わったから、お父さんももう道が分らんのよ」とのこと。
いやいや、運転しませんから。
シャトルバスかタクシーで移動しますから。
道が分らなくても、googleさんが道案内してくれますから。
そうツッコミたい。
きっと、料金が高いとスマホを持たずにガラケーを死守する父は、googleさんの優秀さを知らないのであろう。
現地で自分がリーダーシップを取って、先頭に立ち、みんなを案内する気満々なのだと思います。
google mapの存在を教えずに、googleよりドン臭く道案内する父を、息子と一緒に「すごーい!じいじカッコイイね!」と絶賛するのも親孝行なのだろうと思いました。
さて、旅行までの日々はアッという間なのでしょう。
その短い間に家族で「旅行に行くまでの楽しみ」を味わいたいです。
そして両親に「また海外旅行に行きたい」と感じて欲しい。
それが両親にとっての生きる張り合いとか、頑張るための励みになって欲しい。そう思います。
余談ですが、去年他界した祖母。
遺影に使う写真をかき集めたところ、息子の七五三の際にプロが撮影してくれたものなどたくさんありました。
しかし、「一番いい顔をしている写真」で探したところ、10年以上も前に会社のご褒美で「職人さんがちゃんと握ってくれる、回ってないお寿司」を家族で食べに行った時の写真になりました。
あの時は、まさかその写真が遺影になるとも思っていませんでした。
かなり前の会社からの家族での食事のプレゼントがここでこんな効果を出すとは、自分も提供してくれた社長も想像していなかったはずです。
当時、家族にとっては「初めて家族で行く本当のお寿司」を食べに行った楽しい、そしてめったにない出来事でした。
飲めない父も嬉しそうに生ビールを注文して、活け造りのイカを調子よく注文していたのを今でも鮮明に覚えています。
今回の旅行も、後から振り返っても暖かい楽しい家族との思い出になることは間違いないと思います。
いつもいつも、こうして家族とのかけがいのない思い出をプレゼントしてくれるのが会社です。
自分達では、なかなかもったいなくて「会社からのプレゼント」と言うきっかけでもないかぎり、豪華な食事や旅行に行く機会ってまずありません。
たまには自分が招待しようと思っても、我が子からの出費を「もったいない」と外食すら遠慮して辞退する両親で実現できません。
せっかくくれた会社からのプレゼント。
元気だったころの祖母とのお寿司が、亡くなっても遺影を見るたびに私の心の中に「あたたかい思い出」として残っているように、息子の心の中にも「じいじとばあばの心温まる思い出」として残って欲しい。
そして、両親の「また海外旅行に行きたい。他の国にも行ってみたい」そんな励みにもなって欲しい。
社長からは「会社に貢献したご褒美」として言って頂けましたが、いえいえこちらからもお礼を言いたいです。
本当にありがとうございます。
そして、後ろに続く後輩達もこの旅行はただ「家族と海外旅行に行ける」とか「ラッキー」で片づけず、貴重な時間と機会だと思って噛みしめて計画をして欲しいです。